ごっこ遊びと憑依 9/27~10/3

 最近遊び足りないなぁと思いつつ、都会で遊ぶのはなんか嫌やなぁと思っている今日この頃。中学のころを思い出しながら、自分が何を欠いているのか考えていた。まず今とあの頃を比較して表面的に大きく違うのは、リアクションの大きさ。じゃあ、とりあえずオーバーリアクションにすればいいのかと言われると、違う。白々しいし。何より昔の私もそう言う人間に白々しいと感じていたから、これは違う。では、なんなのか、何が私のリアクションを大きくしていたのか?理由としては二つ。一つは話相手のテンションが高かったから。そしてもう一つは、私が何かを演じていたから。人間関係において「演じる」と言う言葉を使うと非常にネガティブに捉えられがちだが、ここではそういう意味ではない。ネガティブな意味で使われる「演じる」は、相手の自分に対する認識を決定づけようと固執した結果、自分を演じてしまうこと。今回の話における「演じる」は、自分の人となりが大方理解されている環境で、その予想に反する人間を演じることによって笑いを誘うことにある。白々しい人間でいたわけではない。白々しいと分かった上で、そういう人間を演じていた。知的な人間を演じていた。女っぽくなったり、大人っぽくなったり、アホになったり。何かを自分に憑依させていたと言う言い回しが近いのかもしれない。ではなぜそうしていたのか?1つは自分の自由度が上がるから、根は真面目な上で、色々と演じると、会話の空気感の中で自分に許される発言の自由度が大きく広がる。ここは社会に出る前に気がつけたのは大きい。社内でのキャラに幅を持たせておくことは、すごい大事な気がする。二つ目の理由は、世界が広がるから。現状において、皆で共有している世界観・通念に対して、全くそぐわないキャラクターを導入することで、参加者の世界観をひっくり返す。うまくひっくり返ると笑えるし、何より窮屈さから逃れられる。二つ目がこの話のある種メインなのだが、字面だけ追うと、「変わったことして議論を活発にしましょう!」的なクソ話になってしまいそう。現状に対して違うことだけしても、それは結局今じゃない何かであって、何も産まない。演者の中には今とは違う何かしかなく、世界がないためにつまらない、笑えない、ひっくり返らない。変わったことをした方がいいという通念が先行すると、窮屈さを払拭するどころか、逆にそれを是認しなければならない窮屈さで息が詰まる。ハードボイルドっぽさを恥ずかしげに出されても気持ち悪い、徹頭徹尾ゴルゴ13の世界観で突っ込んでくれるとこっちも対応しがいがある(ゴルゴ13知らないから俺は対応できなけど)。
 本当はここから、中学時代のこの憑依は幼少期のごっこ遊びに由来する的な考察をしたかっったけど流石に長いからやめる。結局何が言いたいかって、現状の窮屈さを有耶無耶にしてくれる笑いが少ないなと思っているって話。別に自分の考え方とか変えてくれなくてもいいから、その場の共通認識を引っ掻き回すような遊びがしたい。あっちに行ったりこっちに行ったり、最後に元に戻ってくればいいぐらいの気楽な遊びをしたいと思ってると言う話。具体的に何をするかって言うと、とにかくストーリー性のあるものを読みたい。漫画、小説、ドラマ、アニメ、映画。そういう要素がたりてないっていうことを長々と考えてたって言うだけの話。めっちゃ長なった笑

 

plan
長期:11月末までに、学会パワポと資料。卒業までに、国家論・文化論。土木・IT
今月:物象化論読破
今週:物象化論

 

do
27
バイト、病院、研究。
コード回しながら、学会用パワポ作成

28
バイト、読書、接骨院
いつもと違う接骨院で格安治療をしてくれると言うことだったので、行ってみる。思っていた以上に事故のダメージはひどく、先生から一言「こんなに胸骨とろ肋骨歪んでる人なかなかいないよ笑」。なんなら「どこから説明したらいいか分からないぐらい色々ひどい」とか言われた。実際触ってもらってかなり骨の位置が変わった感覚がした。ここは電気治療してくれないから筋肉がほぐれた感は少ないが、根本からいじられてる感はある。転院しようか迷うのだが、月々3.3万円で4ヶ月は考えとけって言われた。痛い。今の整体なら月々精々5千円ぐらいだから考えどころではある。色々悩んだが、ひとまず10月は今のところに通院して、お金を貯める方針で。まぁ跳ねた人が13万ぐらい出してくれると嬉しいが、示談が終了しているのでそうはいかず。さらに言うと、跳ねられた人間に筋肉・骨の治療を提案してくれなかった大病院にも文句を言いたい。「少し体痛むと思うけど、大きい事故だったしねぇ」じゃないよー。3年以上もダメージ続いてるやんけ。•••とまぁ、そんな訳で皆さん交通事故に遭われた際は真っ先に接骨院に行ってください。歪んだまま固まったら面倒です(大病院のリハビリセンターはだめ。賃労働者だから医者に言われたこと以外見えてない。鎖骨周り適当にいじってりゃOKぐらいのことしかしないよ。ちゃんと整体で食ってる人に見てもらわないと)。

29
整体、読書、研究、レポート
本読んで、レポート書いていた。

30
読書、学会資料作りetc...
自己管理能力が圧倒的に落ちている。と、資料作りしながら感じた。段取りをせずにやりすぎ。いくら余裕を持ってやり始めたからといってこの段取りの悪さは天下一品。と言うわけで、めちゃめちゃ段取りよくやります。
まず、パワポ作成においてやらなあかんのは...とここでやり始めてみたが、やっぱり紙に書きたい。と言うわけで、ここではやりません。そういえばチャリ乗ってた時も計画は紙でやってたな。日誌は報告文的な扱いだった気がする。
最近紙に書くことが圧倒的に減った。書くより打つ方が早いってのはあるけど、図とか矢印とかそういういろんなことがグチャグチャと合わさるような思考はできない。してないってことか。頭の中だけで完結させられるようになったのかもしれんが、それではあかん気がする。手で書く。これを大事にしたいと思った今日この頃。

1
内定式だった。いつも通り適当な格好で(流石にスーツは着て髭は剃ってる)いったら、周りみんなきちんとしてて恥ずかしかった。前の方に女の子いっぱいいるなぁと思ってたら、どうにも部署ごとに別れているらしく、技術系の私の周りには野郎ばかり。はたして華のある生活は送れるのか。

2
整体、読書
物象化論読破。一応これは夏休み中に読み切る予定だったが、まぁぎり及第点でしょう。最近山本氏の本を読むのが早くなってきた。昔は1ヶ月かけて1/3ぐらいの理解だったが、最近は10日もかけずにある程度理解できる。それでもまだまだ自分に落とし込めていないのだが。感想を書けと言われれば色々出てくるが、一つ印象に残っているのは、不変資本を考えない、剰余価値が原材料の費用に当たると言う考え方。確かにこれなら儲けは出ない、それでもきちんと回っていく。氏の話に時々出てくる、「儲けなんてあるものか」と言うのはここを指していたのかと考える。
 実はこの本、一回読んで挫折している。多分7月ぐらい。そこから8月末にかけて資本論を全部読んで、一回フーコー国家論に入って、やっと読める(?)ようになった。なんや感やで苦戦した本だったなと感じる今日この頃

3
読書、ラン(12km+α)、研究
今週はやたらと睡眠不足の日が続いたので全然練習できていなかった。実感的に今日は10時間ぐらい寝ててもおかしくないと思っていたが、8時間睡眠。いけるかなぁと思って走る。体は意外と元気で、いいペース。距離を増やそうと12km。この練習量が如何程のものなのか、消費カロリーをどんぶり勘定しながら考えてみる。昔ネットの記事で見たのが、ランの消費カロリー=体重×距離、チャリが体重×距離/3。つまり今日の練習量は36km+αぐらいである。具体的に言うと途中裏表ぐらい。雑な計算の上の話だが、休日の練習としていただけない気しかしない。疲労感はサンダイコー+ぐらいはある。単純に走り慣れてないことが原因なのか。まぁ心拍も何も測っていない上での憶測だからあれだが、距離を増やさねばならないのは確実。

 

check
物象化論読破完了

 

action
練習量が激減した。寝不足プラス諸々の仕事が入っていたと言い訳はできるが、時間管理がなっていない。今後は仕事が増えるので、管理は厳密に。加えて練習は平日に距離乗るのは難しいので、筋トレ+tbtの可能性あり。
土木も全くできていない。これも管理能力低下による弊害。
長期計画立案に関して思うことがあるが、これは次の記事でかく。